2/2最終日の結果
走行距離:6.21km
累計距離:390.7225km
目標まで:0km
※そう言えば、「39000円女子」シリーズで393円アシが出てしまった分、700mほど余分に走りましたので、
これで総合チャラにしてください(笑)
390kmを無事走りきりました。
そんなにフォントを大きくしなくてもと思いましたが、目標達成の瞬間は何事も嬉しいものです。
代走も5回きっちり使わせていただきました。途中怪我などもありましたので、皆さんの助けがなければ、ノルマ達成も
かなり怪しかったと思います。
夏メロンさん、MMFIさん、宝璃威さん、マスク・ド・Gさん、この場を借りて心からお礼を申しあげます
この2ヶ月間、たぶん時間にして27時間分くらい走ってきましたが、途中いろいろなことを考えてきました。
仕事のことを考えながら走ったこともあるし、週末の家族イベントや実家にいる両親のことや、自分の体脂肪率のことや、
来るべきレースのことや、なにやらかにやら・・・
でも一番多く頭に浮かんだのは、
なぜおれははしるんだろう?
という問いですかね。自分はまだ走り始めて1年半と日が浅く、走りの哲学を語るには経験も筆力もありませんので、
作家の村上春樹さんの言葉を拝借したいと思います。村上春樹の名前を知らないかたは、日本ではまずいないと思い
ますが、実はランナーとしてもかなり年季の入った人です。1980年代から走り続け、フルマラソン完走はおそらくこれまで
30回を超えているでしょう。マラソンのほかにトライアスロンや100kmウルトラマラソンなどにも挑戦しています。
以下、ちょっと長くなりますが、 「走ることについて語るときに僕の語ること」 から引用させて頂きます。
「・・・しかし何はともあれ走り続ける。日々走ることは僕にとっての生命線のようなもので、
忙しいからといって手を抜いたり、やめたりするわけにはいかない。もし忙しいからというだ
けで走るのをやめたら、間違いなく一生走れなくなってしまう。走り続けるための理由はほん
の少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんあるからだ。
僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。」
『世間にはときどき、日々走っている人に向かって、「そこまでして長生きしたいかね」と嘲笑的
に言う人がいる。でも思うのだけれど、長生きしたいと思って走っている人は、実際にはそれほ
どいないのではないか。むしろ、「たとえ長く生きなくてもいいから、少なくとも生きているうちは十
全な人生を送りたい」と思って走っている人の方が、数としてはずっと多いのではないかという気
がする。同じ十年でも、ぼんやりと生きる十年よりは、しっかりと目的を持って、生き生きと生きる
十年の方が当然のことながら遥かに好ましいし、走ることは確実にそれを助けてくれると僕は考え
ている。与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それがランニ
ングというものの本質だし、それはまた生きることの(僕にとってはまた書くことの)メタファーでもある
のだ。このような意見には、おそらく多くのランナーが賛同してくれるはずだ。』
激しく同意します。僕が走りを通してこの感覚に目覚めたのは41歳。村上氏が走り出したのは33歳。
嫉妬すら感じてしまいます(笑)
今回は自らにノルマを課して2ヶ月間を過ごしてきましたが、やはり衆目に晒されるのは、目標達成の大きな力だったと実感しました。
チャレンジは昨晩一段落しましたが、僕のランニング人生はこれからも続くでしょう。
先の村上氏の記述から読み取れるように、世の中のランナーのほぼ全員が「走り出す前は気が重い」はずです。
基本的に自分に甘い乱吉は、当然毎日葛藤の中にいます。
そんなとき、僕が社内でリスペクトしているある人物(WNB氏)からインスパイアされた言葉を、心の引き出しから取り出します。
「迷ったら、厳しい方を選べ」
今日は疲れたから風呂入って寝ようかな?と思うことはしょっちゅうですが、そんな時こそ頬を引っぱたいて寒空に出ていく事
にしています。厳しい方を選んだ見返りを期待することはありません。ただただ、厳しい方を選んだこと自体に意味があると思って
います。単なるMですかね(笑)
くどくど長くなってしまいましたが、きりがないのでこの辺で筆を置きたいと思います。
最後に・・・
このブログの(マニアックな)読者の方は勿論、39キャンペーン企画に参加してくださった皆さん、
本当にありがとうございました
今後は企画ものに限らず、社内の色々な局面で皆が「乗る」状況を皆で「創って」いきたいですね。
40周年を機に・・・
みなさん、ご愛読ありがとうございました
39!!
(完)
